麻薬をめぐる残虐な戦いが続くメキシコという国。中でもシウダーファレスという都市の残虐さは世界一。「戦争地帯を除けば世界一危険な都市」という不名誉な称号を得たほどだ。
そんなシウダーファレスにはいくつもの物語があり、街の様子は変遷し続けている。リアルな街の姿をじっくりと見ていこう。
最恐都市シウダーファレスの成り立ち
シウダーファレスはメキシコ北部、アメリカとの国境に面した地方都市だ。人口規模はメキシコで8番目で、約130万人が暮らす。一昔前まではとってものどかな街だったのだが、1990年代を境に治安は大きく悪化していった。
治安悪化の最初の要因は「マキラドーラ」だった。マキラドーラとは自由貿易にともなう外注工場のようなもの。アメリカに安価な製品を輸出するため、メキシコ人の労働力が安価に使われたのだ。工夫の賃金は一日5ドル程度だった。
安い賃金で奴隷のように使われる労働者たちは、当然のように不満を溜め込む。そしてそんな不満は街の雰囲気を悪化させていった。
さらに北米自由貿易協定により、農村部の疲弊が深刻化する。農民は今までのように十分な収入を得られなくなり、職を求める失業者となってシウダーファレスに流れ込んだ。
そのころからシウダーファレスでは殺人事件やレイプ、女性誘拐事件が頻発するようになる。社会に溜まった不満と貧困がその原因だ。シウダーファレスは町全体がスラムのような雰囲気で、暴力と貧困から逃れる手段はどこにもなかった。
治安悪化が激化するにつれ、誘拐ビジネスが横行するようになる。狙われるのは富裕層や外国人で、目的には完全に金だけ。身代金の支払いを拒否すれば、人質は躊躇なく殺された。
これが大規模マフィアだけの犯行ではなく、元農民の失業者達が、気軽な金稼ぎとして行っていたというのが驚愕だ。社会の貧困ムードはそれほどまでに人心を変えるのだ。
麻薬に侵されたシウダーファレス
1990年代に貧困と犯罪が蔓延したシウダーファレスの運命は、2000年代に入ってさらに悪化する。原因は麻薬だ。メキシコのギャングにとって麻薬のアメリカ輸出は最大のビジネス。その重要な拠点としてシウダーファレスはギャング同士の抗争の舞台となってしまったのだ。
麻薬カルテルの戦いに慈悲などなく、街では残虐の限りが尽くされた。抗争相手のメンバーを拷問の末殺害し、その死体を公園の木に吊るすなど、尋常でない行為が普通に行われ、シウダーファレスの住民たちは日々それを目撃するのだった。
問題はカルテル同士の抗争にとどまらず、連邦軍や連邦警察との間に戦いも繰り広げられた。麻薬による莫大な資金を持つカルテルは、すでに国をも超えようとする軍事力を手に入れていた。そこで使われるのはオモチャのような改造銃なんかじゃなく、戦争用の重火器だ。
市街戦は昼夜を問わず繰り広げられ、カルテルメンバー、警察、地域住民のそれぞれが毎日何百人も死亡した。もうこうなると「治安が悪い」なんて言葉では済まなくなる。単なる紛争地帯といったほうが良さそうだ。
このころにはシウダーファレス内での誘拐や恐喝は罪に問われなかったという。国内の盗難車の4分の1はこの街で盗まれ、誘拐被害者の数は一日に280人という驚異の数字。名実ともに無法地帯が出来上がった。
シウダーファレスの変遷
最恐スラム都市を超えて紛争地域となっていたシウダーファレスの治安は、2015年頃から徐々に落ち着きを取り戻した。麻薬カルテルの抗争が一応は終了し、軍や警察との衝突も激減したのだ。
破壊された建物の改築や修繕も進み、人目には改善の様子が見て取れるシウダーファレス。しかし人々の心はいまだに癒されることがない。それもそのはずだろう。毎日のように銃撃戦が繰り広げられ、街には残虐な殺され方をした死体があふれる。そんな光景を忘れることはできない。
治安は一時的に改善しても誘拐やレイプはいまだに多発し、貧困問題は解決の糸口すらない。まだまだ観光客が訪れることのできるレベルではないのだ。
シウダーファレスを描いた映画
シウダーファレスの悲惨な過去を知りたいなら、「ボーダーライン」がおすすめだ。2015年公開のアメリカ映画で、過激な描写が多いためR15指定となっている。しかしそこで描かれる残虐描写は誇張ではない。むしろ映画用にマイルドになっているほどだ。
しかしながら本作の公開はシウダーファレスの紛争状態が終了し、改善に向かって尽力される最中。当時のシウダーファレス市長はこの映画のボイコットを訴え、ちょっとした騒動となった。そんな背景も踏まえて鑑賞すればさらに興味深いだろう。
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