香港の無法地帯スラム九龍城砦の意外な実情を知る

アジアでも随一の経済成長を遂げ、小国ながら世界の主役クラスの地位を得た香港という国。ここにもかつて深刻な貧困問題が存在し、「魔の巣窟」と恐れられたスラムがあった。それが九龍城だ

現在ではその姿を消してしまった九龍城だが、その歴史や成り立ちは大変興味深い点がある。魔の巣窟ではどのような生活が繰り広げられていたのか。その実情に迫っていこう。

※ちなみに神奈川県川崎市には「電脳九龍城」というゲームセンターが存在する。圧倒的な再現性と話題になったが、残念ながら2019年11月17日で営業終了予定だ。

九龍城砦の成り立ち

九龍城砦とは香港に実際に存在した軍事上の城砦の名前だ。当時はスラムなどとは一切関係のない軍事施設であり、香港の港を守る重要な拠点だった。そんな九龍城砦の運命は、イギリスと中国(当時は清国)の戦争により大きく変遷していく。

この戦争に勝利したイギリスは、中国から香港を99年間租借することとなった。レンタルの範囲は香港島や九龍半島をはじめ、周辺の複数の島にまで及んだが、例外として九龍城砦だけは中国側に残される

イギリス領の香港の中で、ポツンと飛び地状態で残された九龍城砦。当初は中国役人が常駐していたそうだが、「役人が爆竹を鳴らした」というよくわからない名目で、彼らも帰国を命じられた。

そこで完成したのが完全無法地帯としての九龍城砦だ。中国管轄なので香港の法は及ばず、中国役人は出入りすら許されないため、法的に誰も管理できない状況が完成したのだ。

世界でも類を見ない歴史の中で成立した九龍城には、当時中国からの難民として大量に押し寄せた貧しい人達が住み着いた。彼らは膨大な人数が居住するために、建築法など一切関係なく、無秩序に高層マンションを作り上げた。

120×210メートルという狭いエリアに細長いビルが500棟も並び立つ様子は異様で、まさに城砦のようだったという。ここで巨大スラム要塞としての九龍城が完成したのだ。

当時の九龍城砦の生活


by Ioan Sameli

九龍城砦には快適な居住空間という概念は存在しなかった。密集を超えて密着したビルの数々は、人々から日光の恩恵を奪い去る。城砦外に面した部屋の住民以外は昼間でも完全な闇の中

各部屋は息が詰まるような狭さで、一畳に3人が生活するほどの人口密度。想像するだけで息苦しくなる人は少なくないだろう。当然のように衛生状態も最悪、換気もできない部屋は香港の高い湿度のせいで蒸し風呂状態。カビや雑菌の繁殖もすごかったのだろう。

上下水道の設備は一応存在したそうだが、とても5万人の住民全員の生活をまかなえる状態ではなかったという。住民は排泄物やゴミを階下に投げ捨てるため、低層階は常に排泄物が散乱してひどい臭いだったらしい。中には天井にビニールシートを張って、汚物から身を守る住民もいた。

法律が存在しないことからコピーCDやDVDの製造販売や売春、麻薬の取引などは半ば公然と行われていた。

しかしそんな劣悪な状況の中でも住民の結束は強かったという。警察はいなくても自警団により治安は守られ、強盗や殺人、レイプなどの犯罪は皆無だったというから驚きだ。

九龍城の中には無料で通える学校や幼稚園、老人ホームのようなものまで存在した。それぞれわずかな月謝や寄付で成り立っており、厳しい環境の中で生きる中国人のたくましさが感じられる。

城砦の中には生活に必要な商店が揃っており、レストランや雑貨屋から、歯医者や美容院までが存在した。レストランに卸す点心などの加工業は特に盛んで、香港中の点心は九龍城で製造されていると言われるほど。

周りの住民からは「無法地帯」として恐れられ、魔の巣窟のようなイメージを持たれる九龍城だが、実際の生活には犯罪の危険などなかったのだ。あるのは衛生面の問題だけだ。

九龍城砦の変遷


by Ioan Sameli

1997年の香港返還を契機に、九龍城砦の繁栄は一気に終了する。香港は既にイギリスのものではなく中国の管轄になり、無法ビルが放置される理由はなくなった。政府は住民の移転と九龍城砦の取り壊しを計画したが、住民はそれに反発。その後数年は住民と政府の押し問答が続いた。

そんな戦いも1993年には終了し、めでたく九龍城砦は取り壊されることになる。現在は跡地が公園として整備され、地域の憩いの場として親しまれる存在になっている。

九龍城砦を描いた映画やゲーム

九龍城砦は無法地帯というイメージのおかげで映画やゲームの舞台として大人気だ。有名なところでは「ゴルゴ13 九竜の首」で実際の九龍城が撮影の舞台となっている。そこで描かれている悪の巣窟は半分フィクションだが、建物や生活の様子は事実に近い。

また、九龍城砦と検索すると「人肉」という関連キーワードが出てくるが、これは九龍城砦解体後の事件によるもの。2008年に男が売春婦を殺害し、遺体をミンチにして肉屋の店頭に並んだという話だ。

恐ろしい話だが2008年のことなので、九龍城砦とは一切無縁。恐ろしい九龍城のイメージとうまくマッチしてしまったのだろう。