フランスの黒人移民スラム街バンリューの悲惨な実情を知る

言うまでもなく世界でも随一の先進国フランス。パリをはじめとする大都市は世界中から観光客を集め、優雅な雰囲気の伝統建築が彼らを魅了する。しかしそんな優美なフランスの裏側には、悲惨な貧困問題に苦しむ人たちがいる。

バンリューはそんなフランスの負の部分が透けて見える部分だ。スラム街としてのバンリューの成り立ちと、その実情に迫っていこう。

バンリューの成り立ち


by Charles Talbot

バンリューとはフランス語で「郊外」を意味する言葉。だからそれ自体にスラムのような意味はなく、大都市の外縁部には必ず存在するものだ。実際に近年までは差別的な意味合いは全くなかった。

しかし1970年頃に状況が変わってくる。このころに元フランス植民地のアルジェリアやモロッコからの黒人移民が爆発的に増えてくる。彼らは当然貧しく、まともな仕事に就くのは難しい。

移民対策として政府は郊外に集合住宅を建設し、そこに黒人移民たちを無料や安価で住ませた。一見すると素晴らしい対応にも思えるが、ここには差別と隔離のような意味合いも含まれる。

もともとフランスは白人至上主義の差別意識が強い国。彼らにしてみれば、自分たちの街が黒人に汚されるのが耐えられないのだろう。会社の求人なども平気で名前や肌の色を見て判断する。

次第に「郊外といえば黒人、貧しい人たち」というイメージが出来上がり、郊外(バンリュー)という言葉が婉曲的に差別用語となっていた。いかにもフランスらしい言葉だろう。

バンリューの生活

貧しい移民向けの公営住宅は非常に簡素な造りをしている。仮設住宅のようで壁も薄いし、狭い部屋に大家族が押し込まれるような生活を強いられる。フランスの優雅なイメージとは正反対の暮らしだ。

前述のように強い差別意識に晒される黒人移民は、まともな仕事を得るのが非常に難しい。黒人が多く働く工場などで仕事を得られれば良いが、世界的な経済の低迷によってそれも難しくなる。

そうすると自然とゴミ拾いや荷物運びなど、最低ランクの仕事に就くものが増えてくる。彼らにまともな賃金など支払われず、全時代の奴隷的な働きを強要されることになる。

黒人移民の住むバンリューエリアは交通機関にも無視されがちで、中心部へ仕事へ行くのにも一苦労だ。何時間も歩いて最寄りのバス停に行くという人も多い。

バンリューと犯罪


by Kristoffer Trolle

ここまで虐げられた生活をする黒人たちは、当然のように不満を溜め込んでいる。不満の矛先は政府や白人社会全体。どこかのタイミングで不満は爆発し、悲惨なテロ行為へと発展する。

パリで数年おきに起きる大規模なテロ行為や暴動は、概してそうしたバンリューからの不満が爆発したもの。一部の富裕層ばかりが金を得て、貧しい人たちが奴隷のように扱われる現状を、爆弾や略奪によって発散するのだ。

しかし不幸なことに、テロ行為や暴動は彼らの生活を豊かにすることはない。それどころか逆に人々の差別意識は深まり、人種間の憎しみは強くなる。こうして負の連鎖は何世代も続いていく。

バンリューに住む者の中には、悲惨な実情から目をそらすため、危険なドラッグに手を出すものもあらわれる。粗悪で安価なドラッグが蔓延することで、バンリュー内の治安まで悪くなってくる。

ドラッグ目当ての強盗や殺人がバンリュー内で起こるようになり、女たちは違法な売春で金とドラッグを手に入れる。そうして完全なスラムと化した公営住宅も数多いという。バンリュー内の治安悪化は、フランス国内で大きく報じられることも少ない。