ミャンマーの人身売買スラム街ダラ地区の悲惨な実情を知る

東南アジア諸国の中でも存在感が薄いミャンマーという国。長く軍事政権による支配が続き民主化が遅れていたが、近年になって急速に経済が成長。変わりゆくアジアの国の一つだ。

急速な発展の裏側には、経済成長の恩恵など受けられず、何世代にもわたって貧困の連鎖に苦しむ人たちがいる。厳しい貧困に苦しむスラム街、ダラ地区の実情に迫っていこう。

ミャンマーの貧困問題


by Claire Backhouse

長く軍事政権下にあったミャンマーでは、国内の経済活動が活発でなかった。競争がないため産業は発達せず、原始的な農業や漁業に頼る生活をするものがほとんどだった。当時は物々交換によって、生活には不自由は少なったのだろう。

そこへ急激なグローバル資本主義の流れが押し寄せる。教育を受けた比較的裕福な人たちはその波に乗り、一気に所得を拡大する。ヤンゴン中心部には富裕層向けのコンドミニアムが乱立し、高級車に乗るミャンマー人の姿も珍しくない。

しかし貧しい農民にそんな変化は訪れない。一時は国民の貧困率が30%を超える事態にもなり、3人に1人が最低限の生活もできない状況に追い込まれたのだ。

そんな過酷な状況の中で物価は年々上昇し、暮らしはますます厳しくなるばかり次第に都市部の富裕層からは差別的な目で見られるようになり、貧しい人々は狭い地域に寄り添って生きるようになる。

ヤンゴン最大のスラム街、ダラ地区の成り立ちもそのようなところだ。中心部からダラ地区へ行くにはフェリーに乗るしかない。ヤンゴンの住民の多くはそのフェリーに乗ったことがなく、意識的に避けて生活しているという

ダラ地区の多くの住民は上下水道すら整備されない簡素な家に住み、糞尿は直接川などに流される。そのため周辺は悪臭と不衛生の温床。その水を飲んで生活するわけだから、当然のように伝染病が蔓延する。

ダラ地区と犯罪


by Andrea Pepoli

一日の所得が200円以下という、国連が規定する貧困ラインの下で生活するダラ地区の住民。厳しい暮らしの中にも、強盗や殺人、レイプといった犯罪が蔓延していないのは救いだろう。

貧しい中にもある程度の治安が守られているのは、きっとドラッグが蔓延していないから。ドラッグさえなければスラムも平和だ。もちろんスリなどの軽犯罪は多いことだろう。だけどその凶悪度は他のスラムに比べれば間違いなく低い。

それでもダラ地区などミャンマーのスラムには、人身売買という最低最悪の犯罪がある幼い子供たちが児童買春などのために、わずかな金と引き換えに売り買いされている実情があるのだ。子供たちはタイや中国などに連れていかれ、死ぬまで過酷な労働を強いられる。

これに関してミャンマー人は被害者なのかもしれないが、ブローカーなどとして生計を立てるミャンマー人がいることも事実。彼らの多くはスラム街の住民だ。

2019年の現在でも、幼い我が子を売る母親がいるということ。目を背けたくなるがこれが現実だ。

ダラ地区と日本の若者

ネット上でダラ地区のことを調べようとすれば、嫌でも「ダラ地区に行ってみた」などの記事を公開している旅行者の存在を目にする。彼らは決まって次のような文章をつづる。

「ダラ地区の子供たちは笑顔が素敵。幸せはお金だけじゃない」

私はこの言葉が大嫌いだ。金がなくても幸せだと思うなら、全財産を放棄して上下水道もないスラムに住んでみればいい。そこで子供を出産し、その子供を500円で児童買春業者に売ってみればどうだろうか。そこで改めて「幸せはお金じゃない」と言えるだろうか。

富裕層の人間が貧しいスラムを観光する現象は昔からある。英語では「スラミング」と言われ、一種の娯楽として存在してきた。安全な場所から他人の不幸を見る遊びだ悪趣味であることは言うまでもない

日本の若者によるダラ地区の観光は、完全なるスラミング行為。人道的な見地から、彼らの真似をするのはやめておいたほうがいい。スラム住民は動物園の動物ではない。むやみに写真を撮られる人たちの気持ちになって物事を考えよう。